かならずお読みください注意事項

コミュニケーションを作る

0 はじめに

人はそれぞれ特徴のある体つきや顔つきをしています。またそれに加えて身振りや口ぶりでその人らしさを表現しています。古い友人や昔の学校の先生を思い出すと、ぼんやりしたすがたにこれらの特徴がかさなって古いフィルムのように頭に浮かびます。

ひとの話しかた、口ぶり、コミュニケーションはひとりひとりそれぞれ違っています。そして同じ人でも、職場と家庭ではずいぶん違っていることもよくあります。これもひとそれぞれで、場面場面で使い分けているからでしょう。

これだけ多様なコミュニケーションですが、いったん損なわれるとその表現の細やかで繊細な部分が大きく失われてしまいます。しかしご家族や親しいお友達ではそれまでの記憶を頼りに、『ことば』から顔つき口ぶりなどをイメージして、元気な頃の話す姿を想像されたりします。また声を失った人のコミュニケーション支援のひとつとして、録音を元に以前の声を再現する試みがあります。そしてその人らしさを大切にしたいと思う人たちの支持を集めています。

1 コミュニケーション2つの目標

さてこのように本来多様なコミュニケーションですが、これらが失われた人々への支援はごく基本的なことから取り組まれます。まず

① わかり合うためのコミュニケーション: 思っていることを正確に(できれば速く)伝えること。それによりお互い理解を深めることを目標とします。

コミュニケーション困難の原因が重大な疾患であることがあります。これらへの対策(医療行為など)を行う際に、ご本人への説明は声や文でできることが多いのですが、周囲がご本人の考えを確認することが難しいことがあります。このため時間や手間がかかってもはっきり正確に意思表示する方法が必要になります。これに続いて今後のことなどについて家族と話し合う場合にもこのようなわかりあうためのコミュニケーションが必要になります。

② 楽しむためのコミュニケーション: ことばを伝え合って互いに良好な人間関係をつくり気持ちよい時間をすごすことを目標とします。

療養生活が長くなると。生活の質のためのコミュニケーションが求められます。あいさつや声かけのほか、簡単な日常会話も求められます。また看護介護の場面でも、「これでOK」とか「もうすこし」などが簡単に伝えられるとストレスが軽くなります。

①には、50音数字文字盤が適しているようで、また②には、その人が使いやすい定型語を並べた文字盤が使いやすいようです。

自分たちが使いやすいように透明文字盤を工夫自作している場合には、その人と周囲の人々がコミュニケーションに何を求めているか、どのような話題が好まれているのかが文字盤からわかることがあります。

このようなことを考えるとその人に合ったコミュニケーション支援のあり方や、使用する機材(コミュニケーションエイド)などについて改善すべき点や、またその人らしい使いこなしについても考えていく必要があると思います。しかしこれらは別の機会にすることにします。今回はもうすこし違った話をします。

2 コミュニケーションの加齢による変化

これは個人差はあるものの誰にでも起きていることだと思います。つまり①のわかり合うためのコミュニケーションは高齢になるに従ってだんだん苦手になってくる。込み入った話、理屈っぽい話はどうも続かない。わからなかったり、忘れてしまったりすることが多くなるということです。

もちろんこれは、コミュニケーションに不自由のない人でもある人でもみられることです。しかし②の楽しいコミュニケーションの方は①よりももうすこし長くあとまで続くようです。

このような場合にはコミュニケーション支援はどうしたらいいのでしょうか?

3 出会い

この春、ご高齢のある神経難病の方が転院してこられました。長いあいだ遠くの病院で療養して来られたのですがご家族の事情で富山に戻って来られたそうです。

前の病院ではコミュニケーション支援をうけ視線入力にも取り組んで来られたと事前に知らせがありましたので、受け入れ準備をしてお迎えしました。

移動の疲れも落ち着いた頃、担当訓練士と挨拶に伺いました。しかしその方の表情は晴れず、ぼんやり天井の一角をみつめるばかりです。声をかけても反応があったりなかったりという状態でした。

ご家族にお話をうかがいましたところ、もう何ヶ月も前から家族とのやり取りが不活発になり、意思疎通が難しくなったそうです。おなじころ取り組んでいた視線入力も思うように進まなくなり担当されていた訓練士の方も苦労されたそうです。病気になる前のお元気な頃はたくさんのお友達がいて一緒にカラオケにいくのが楽しみのひとつだったとのお話もお聞きできました。

4 試み

そこでお好きだった演歌歌手のcdを病室でかけることにしました。すると表情がいくらか晴れやかになり、音楽に合わせて口パクをしたりするのが見られました。通常のテレビ番組では、ただぼんやりと眺めているだけだったのですが、この歌手の曲については違うようです。

そこでさらにすすめてインターネットから動画を入手して一時間ほど10曲のDVD をつくり、病室のテレビで見てもらいました。するとさらに曲ごとの好き嫌いが表情に出るのが観察できるようになりました。

担当訓練士は長年小児の経験があります。そこで、
「お好きな曲はこれですかそれともこれですか?」(実際は富山弁で)
の問いかけると目でイエス、ノーの返事してくれるようになりました。

ほぼ同じ頃、担当看護スタッフからも、ケア中の声掛けに反応が見られることが増えたとの話がありました。

これらのお話をご家族にしたところ、DVDプレーヤーを一台購入してもらうことになりました。その方の息子さんが探して注文し、ご主人が病室に届けてくれました。テレビにつないで動画を見ながら、
「息子さんが買ってくれて、ご主人が届けてくれたんですよ」
とお話すると、よほどうれしかったのか、それまで見たことのないような笑顔で応えてくれました。

いまは次の曲にする?と尋ねると、目で合図を返してくれます。まだ込み入った話は難しいですが、関心のあるわかる話にはしっかり返事を返してくれるようになり、ご家族も喜んでくれました。さてなんとかコミュニケーションの糸口がみつかりました。この次は何に挑戦しましょうか。

5 おわりに コミュニケーションが困難なのかそれともその話題がわからないのか

この方の場合、はじめは症状進行によるコミュニケーション困難かと思われましたが、試して見ると興味関心のある話題ならコミュニケーションできることがわかりました。

もしことばの会話ができたならもっとはやくこれに気がつくことができたと思いますが、この方のように疾患でコミュニケーションに不自由がある場合には、細やかで微妙な口ぶりがわかりませんので、気がつきにくいこともあります。

そもそもコミュニケーションはことばのキャッチボールなのですから、その人がとりやすいボールを投げないと投げ返してくれなくなります。ご高齢の方とこどもさんの場合にはこのことを特に気をつけたいものです。

また現在コミュニケーションがうまくいっている方でもいつかこのようなことが起きるかもしれません。そんな場合はコミュニケーションそのものができないのか、それとも話題がその人に合っていないのかにも気をつけたいものです。

追記
youtubeの動画をダイレクトにみる方法もありますが、看護スタッフやご家族も簡単にできるDVDを再生する方法ならコミュニケーションの機会がそれだけ増えますのでそうしました。

参考URL


2019/9/13 公開

研究企画課リハ工学科にもどる ←もくじはこちらです