ある年代より上のひとは知っているベンベルグは旭化成の商標です
麻痺により随意運動が少ないと、訓練への意欲よりもあきらめの気持ちがまさりがちになります。また訓練の成果や改善が目に見えずわかりにくいときには前向きな気持ちになりにくくなります。また毎日の出来不出来がわからないと、自分の体調把握(例えば『きのうがんばりすぎたからきょうは良くない』といったこと)、体調管理、生活管理にも苦労します。このように重度な障害をもったひとは自分の身体の扱いや維持管理にも、そして自身の現状把握と将来展望において、身体的にも精神的にも苦労が多くなりがちです。
もっとわかりやすく表現すると、今の自分はどこにいて、前進しているのか後退しているのか、そしてどこへ行こうとしているのかわからないといったことになりやすいのです。
今回はできることと目標を明確に具体的に示しながら、小さな力でも大きく動かせる工夫をしてパソコン操作に取り組んだ事例について紹介します。
c5レベル頚損で右上肢にいくらか随意運動がある人でパソコン操作ができないか。パソコンが使えれば職場復帰の可能性もありうる。ただしパソコンは一般のWindows機とするという話が寄せられました。
基本的にマウスカーソルが十分動かせればあとは自動クリックソフト(できクリックなど)やオンスクリーンキーボードを利用してパソコン操作は可能になります。マウスカーソルを動かす方法もジョイスティック、押しボタン、タッチパッドなどあるが、この人の場合はマウスに手をのせて動かす方法が有望と判断しました。
しかし前腕や肘とテーブル面の摩擦のため動かせる範囲が小さく、上に書いたような状況になってしまいました。 そこで洋服の裏地素材をテーブルクロスにし、同じ素材を腕にまいたところ摩擦が減り動きがいくらか大きく現れるようになりました。
着座位置を示す印をテーブルにつけ毎日同じ位置に座れるようにして、動かせる範囲をマジックペンで布に書き日付も記入し日々のようすや改善が目に見えるようにしました。これにより、どのくらいやればどのくらいになるかと考えてもらえるようになりました。
ほどほど動きが大きくなったところで、パソコンでマウスカーソルを動かす練習をはじめました。そして動かせない場所、動きが荒い場所、苦手な位置と方向などがわかってくるので、これも布に書き込んでいきました。苦手な場所を練習したり、そこを迂回したり、いろいろ工夫もできるようになってきました。
さらにパソコンゲームに取り組むと点数が良くなったり、操作が早くなったり、操作時間が長くなったりするのでこれも記録しました。
この間、伸び悩みもスランプもありましたが、始めた頃の記録が目の前に残っているのでこれが元気をだすのに役にたちました。
目標の業務用アプリの練習をはじめるころには、通勤方法や職場での電動車いすの扱いなどの問題もつぎつぎと解決でき、最終的にこの人は職場復帰されたのでした。
こちらのページに当時の写真が残っていますが、テーブルに敷いてある洋服の裏地素材が見えます。
動きを助けるために裏地素材を利用する方法はその後もよくやっています。腕の動きが悪くなったという神経難病の方に布地を届けたところ、ご家族が上手に裁縫してきれいに使いやすくしてくれました。どうもこの方面は女性に任せたほうが出来上がりがいいようです。
手芸店などでは多くの種類の布地が手に入ります。裏地素材といってもまた多くの種類があり滑らかさもしなやかさも何種類もあります。異なる布地を組み合わせたり組合わせる角度によってその間の摩擦が更にちいさくなることもあります。ぜひ手芸材料店などで実物に触って確認してみてください。
私も職場近くの手芸店で棚の布地を次々とさわり、手触りを確認していたところ店長さんから声をかけられたことがあります。よほど挙動が怪しかったのでしょうか。 用途をお話しすると、
「世の中にそんな仕事があるのですか」
とおっしゃっていました。
2018/04/27 公開
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