もし近くに車いすユーザがいて、 その人の助けになりたい、力になりたいとおもったとき、 あなたは何をしたらいいのだろうか?
10ミリスパナを二本使い黄色矢印のボルトナットをゆるめると
ブレーキは赤矢印の方向に動かせるようになる
タイヤとの間隔を調整してボルトナットを締める
当院では、病院内の業務で発生する事故やミスを『インシデントアクシデントレポート』として医療安全委員会に報告して情報を共有し再発防止に努める活動を行っています。最近ではどの医療機関も施設も同様の取り組みを行っているでしょう。
その報告の中でひときわ件数も多く目をひくのは、患者さんの転倒転落です。個々の事例についてしらべて見るとおおよそありがちなパターンが見えてきます。キーワードとしては、ベッド、トイレ、車いすの三つがよく出て来ます。このうちベッドとトイレは滅多に動くことはありませんが、動かないと思った車いすが動いたという原因がよくみつかります。これはブレーキのかけ忘れもありますがブレーキをかけていたけれど弱かったなどということもあります。
今回は車いすのブレーキを調整してしっかり車いすが止まるようにして、このような転倒事故を少しでも減らそうという話をします。
新品の時はしっかりブレーキがきいていたはずなのに、やがて車いすのブレーキが弱くなるにはいくつか原因があります。
まず一番多いのは、タイヤの空気が減っていることです。車いすのブレーキはタイヤを押しつけて車輪を止める仕組みです。空気が減ってタイヤが柔らかくなるといくら押しつけても車輪は滑って回るようになります。このような場合はタイヤの空気を十分入れる必要があります。
二番目に多いのが、ブレーキを車いす車体に取り付けているねじが緩んで固定できなくなり、タイヤとブレーキの間隔が大きくなっていることです。これでブレーキがタイヤを十分押せず車輪が回ってしまうのです。このような場合はタイヤとブレーキの間隔が適切になるように調整して取り付けねじを締めます。
三番目に多いのが、タイヤやブレーキ部品が摩耗したためタイヤとブレーキとの間隔が広がって十分押せなくなっているのです。このような場合はブレーキ取り付けねじをゆるめ、タイヤとブレーキの間隔が適切になるように調整して取り付けねじを締めます。
四番目はすこし違います。何年も静かに使っている車いすではタイヤは固くつるつるになってきます。もうゴムのようなしなやかさも摩擦もありません。これではブレーキが押してもうまく止まりません。また床とタイヤもつるつる滑ります。ブレーキをかけていても滑ります。このような場合はタイヤを新しく交換するか、タイヤの固い表面を削って柔軟なゴムを表面にでるようにします。
五番目はブレーキそのものの軸部分がすり減って正常に動かなくなっている状態です。定期的に油を射しておくと数年以上もちますが、車いす本体よりは寿命は短いようです。こうなると新しいブレーキに交換したほうがいいでしょう。
上の文でブレーキ不調の原因をよく見られる順番に並べました。メンテナンス作業はこの順番でやることをおすすめします。たとえば空気を十分入れてからブレーキの取り付けの調整をすると、その後は定期的にタイヤ空気を点検していけばよいのですが、これを反対にすると空気を入れるたびに『ブレーキレバーが重くてブレーキがかけられない』と苦情が来ることになります。またブレーキの力加減がちょうどよくなるように空気の量を調整するのはやってみるとずいぶん難しい作業です。反対に十分空気を入れてからタイヤとブレーキの間隔を調整する方がずっと楽で時間も短くなります。
このように手順を正しくすると効率的に作業が進みますが、間違うと何度もムダな同じ作業を繰り返しおまけに苦情もくることになりますので気をつけましょう。
カワムラサイクルka800のエッグブレーキの場合
8ミリレンチで黄色矢印のボルトをゆるめると
ブレーキは赤矢印の方向に動かせるようになる
タイヤとの間隔を調整してボルトを締める
タイヤとブレーキの間隔を大きくすると
ブレーキレバーは軽く操作できるがブレーキ力は小さくなる
間隔を調整しこれらをバランスさせる
新車の場合なら、タイヤとブレーキの間隔は約5mmでちょうどよくなるようです。しかしいくらか使用すると車いす一台ごとにまた左右のブレーキごとに独特のクセが現れるようになります。間隔が広くてもブレーキがしっかりかかるものもありますし、また間隔を狭くしないとブレーキが十分かからない事もあります。調整したあと実際に座ってブレーキを操作してしっくりいくように微調整を繰り返します。何回かやるとコツがつかめ作業が早くなります。さらに古い車いすになると、いくら調整してもレバー操作は重いし、ブレーキは不十分とうまくいかない事もあります。こうなると、四番目か五番目の原因かもしれません。こうなったらお金はかかりますがタイヤやブレーキの交換を考えるべきです。
車いすのブレーキ調整をしっかりやってすこしでも転倒事故を減らそうという取り組みの話をしました。
しかし実際にやってみるとこの作業は延々と続きおわりがないように思えます。院内のあちこちで毎日多くの患者さんが100台以上の車いすに乗ってそのたびにブレーキをグリグリゴリゴリとかけ、バチンと外します。力加減のうまく行かない人もたくさんいます。壁や手すりにゴリゴリとぶつける人もいます。全体的にかなり荒っぽいですので痛みも進みます。それでもこれに手を入れないでいるとボロボロのガタガタになって、ブレーキも安全もなにもない車いすのかたちののりものになってしまいます。そんなものを使っている一方で、医療安全というのもなかなか恥ずかしいことと思います。もともと安全は果てのないものですから今回ご紹介した車いすの作業も果てしないものであるのが本来の姿なのでしょう。
2019/08/16 公開
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