Poisson Rouge の帰還

いきさつ

SWATCH Poisson Rouge

Poisson Rougeは赤い魚型の秒針が特徴的な自動巻のSwatchです。

話を聞くと、自動車のなかで時計が何かに引っかかりリューズがとれてしまった。そのときから時計も止まってしまった。ということで私のところにやってきました。

私は町の時計屋さんではないのですが、ひとまず預かることにしました。

よく見ると巻き芯は根元から折れてリューズはなくなっています。ところが巻き芯はよくあるねじ込み式ではなく、どうやら巻き芯とリューズが一体の特殊なもののようです。また時計を振るとテンワの回転がスケルトンで目視できますが、秒針はうごきません。

Poisson Rouge broken winding shaft

聞くところによるとSwatchは使い捨てが原則の製品だそうで、販売店に頼んでも「修理」を受け付けてもらえないし、また部品の供給もうけられないということです。通常ならここで諦めるしかないのですが、そこを何とかしてみるのもまたおもしろいだろうと考えました。

調査

早速、Swatch 修理 で検索すると既に何人かの方々が取り組んでおられました。またやったらうまくいったという記事もあり、さらに参考になりそうな画像もありました。これはまんざら無理な話ではないようです。まあ何とかなるかもしれません。

Wikipediaには、Swatchの自動巻きはETA社のムーブメント、ETA2842を使用していると記載があります。これはSwatchに限らず、スイス時計産業の特徴である分業体制のためと考えられます。つまり部品をいくつかの会社が製造しそれをアッセンブルする会社さらに販売する会社と製品にいくつもの会社が関わる、あるいは分業する構造があるのです。またSwatchをはじめ各社の製品に組み付けられるETAのムーブメントにしても、全く既成品ではなく単純化したり高級化したりと商品企画やコストに合わせたカスタマイズすることもよくあるそうです。

今回破損した他ではあまり見かけないリューズ一体型巻き芯はSwatchの特注部品と思われますが、これもSwatch販売店に注文しても入手できない、一般に流通していないものだそうですが、このような分業体制では流通ルート(最近よく聞くサプライチェーンですね)の発達も容易でないでしょうから部品が手に入らないのは無理もないことだと思います。

しかしSwatchの部品は入手困難でも、ETAの部品なら流通しています。このような一般に入手できるETAの汎用部品で今回の故障は修理できるかもしれません。もしかしたらETA2842の新品をそっくり入れ替えるなんてこともできるかもしれません。

その前にまず、止まったままの時計を調べることにしました。肝心の本体に目に見えない故障が起きているかもしれません。秒針が止まったままですが、しばらく放置していると十秒くらいは動いていることがわかりました。巻き芯が破損した際にショックでなにか引っかかっているようです。そこで破損した巻き芯の頭をボールペンの先端で軽く押しこみました。すると軽い手応えがあり、秒針がうごきはじめました。これで時計本体は動くことが確認できました。これで次に進めます。

部品の手配

私はこの種の時計部品の手配に、大阪の中村時計部品材料店を利用しています。念の為、ETA 巻き芯 で検索すると、三番目にヒットしました。1番目の2番めはAmazonでしたが、どちらも品切れでした。

その販売サイトを見て回ると、ETA2842の本体も巻き芯も扱いがありませんでした。しかしETAの28シリーズの巻き芯はどれも形状がよく似ていることに気がつきました。また破損した巻き芯とサイトの部品写真を比べてみるとこれも先端部分はそっくりでした。もしかしてこれは共通部品なのかもしれません。

ETA2824-2 winding shaft

ETA28シリーズについてしらべると、自動巻か手巻きか、カレンダーの有無でバリエーションを構成していました。これなら中心的機構部品の巻き芯が共通部品になっている可能性が大きいでしょう。もし見分けがつかないくらい似ているけど、実は微妙に違っていて使い回しができないなんて部品を設計したら、時計職人さんたちからさぞかし怒られることでしょう。

そこでベストロングセラーのETA2824-2の巻き芯と汎用リューズを購入して現物で確認してみることにしました。

中村時計材料部品店から郵便で届いた巻き芯を、まず破損した巻き芯と並べて目視で確認しました。2つ並べても先端部分の形状の違いはわかりませんでした。しかしよくよく両方を見比べてみると、表面仕上げなど工作精度にはずいぶん差があります。このようなところにSwatch商品のコスト意識がうかがわれます。

巻き芯とリューズと仮組みして時計にとりつけて動かしてみたら、ゼンマイの巻き上げ、カレンダー日付変更、時刻合わせのすべてが問題なくできました。Swatchの純正部品は入手困難でも、代わりの部品はこのように入手できますので修理はあながち不可能ではないようです。

巻き芯の長さの調整

今回のような一般交換部品の巻き芯は、いくらか寸法が長く作られています。そして組み込む時計のケース寸法に合わせて長さを調整してつかいます。Poisson Rouge の場合は約2.3mm短くする必要がありました。まずニッパでやや長めに切り、そこからヤスリ(耐水ペーパ#600)で仕上げました。何回か現物合わせしてぴったりにしました。破損した巻き芯に残っていたパッキンのOリングを巻き芯に取り付け、ネジはロックタイトで接着しました。ロックタイトがないときはアロンアルファでもいいらしいですが二度と外れないらしいです。組立前に各所にグリスアップをして元通りに組み立てました。

SWATCH Poisson Rouge

リューズはオリジナルよりもやや小さい、周囲のぎざぎざが少ないものを選びました。これで表情がやや柔和になり、『修理して大事に使ってるぞ』がわかる人にだけわかるようになりました。

結論 

まず結果から、豊富な修理情報と部品が入手できたおかげで予想以上にうまく修理できました。適切な部品が手に入り、いくらかの工具とアマチュア級の腕があればそれほど手間もお金もかからずできるでしょう。

ただし作業自体は、誰でもできる簡単な作業ではありません。皆さんが各自適切に判断してください。

[中村時計材料店](http://zairyoya.kuron.jp)